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ブラック倉庫物語2・係長になるまで

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ブラック倉庫物語・入社した頃の続きです。

現場で途方に暮れた時、「鬼」の係長が飛んできて、

「どうしたの!?」

と僕に聞いた。

どうしたのか、自分でもわからない。

もう完全に、何が何だかわからない。

この時初めて、

「何が何だかわからないです」

と答えたような気がする。

そして、係長は何も言わずに僕と交代し、たまりにたまった荷物や問い合わせをスイスイ処理していった。

現場が終わってから、係長と話をした。

「もうこの仕事ムリだ…」

と思ってしまうと、逆にいろいろ聞くことができるようになった。

何が分からないのか分からないです!

と、素直に聞くことができるようになった。

それまでは、いつか上に立ってやろうと密かに意気込んでいたので、そんな根本的なことは言えなかった。

わかってないのにわかってるような返事をしたり、見当もついてないのに作業時間を見積もったり、知ったかぶりをすることが多かった。

今までの自分の経験を、ムリヤリ倉庫業に置き換えて理解しようとしていた。

係長は鬼のような締め付け方をする側面と、仕事に関して妥協のない側面もあった。

夜どんなに遅くても、仕事でわからないことはわかるまで何度でも教えてくれた。こちらは早く帰りたいと思っていたが。

現場で気になることは、どんな些細なことでもちゃんと聞いてくれた。

ちなみに、当時僕は28歳、係長は25歳だった。

年下の上司というやつで、そのくらいの年齢だと3歳差は大きい。

年下のくせに、という思いがどこかにあったが、現場で途方に暮れた瞬間、年齢差は気にならなくなった。

この年下上司は、僕が途方に暮れた仕事をやってのけているのだ。

むしろ25歳が、総勢15名ほど、上は50代後半の社員を管理していることに、ある種あこがれのような気持ちにもなった。

途方に暮れた現場が終わってからの話で、具体的に何が一番困ったか聞かれた。

当時なんと答えたかは、もう忘れてしまった。

はっきり覚えてるのは、係長が現場のシステム=WMSを徹底的にレクチャーしたことだ。

係長はWMSのメニューを、片っ端から解説した。

僕は倉庫に入社してから初めて、WMSのメニューをじっくり見た。

サンプルで在庫の商品を持ってきて、JANコードを読んでいろいろ調べてみた。

いろいろ調べてわかったのは、物流業では、商品はいろいろな情報をつけられて移動していくということだった。

倉庫に入ってくる時は、まったく情報が付けられていない状態。

入荷検品を通ると、荷主が買った商品という情報が付く。

棚入れされると、倉庫内で住所が付く。

引当がかかると、売れた商品という情報が付く。

出荷検品を通ると、倉庫から出ていったという情報が付く。

扱う商品、荷主によって紐付けられる情報は違うけど、当時の僕の倉庫ではこのように情報が紐付けられた。

某大手商社のEC部門が荷主だった。

WMSをいじくり回して、
商品には段階ごとに異なる情報が付く

ということを意識してから、仕事をしっかり理解することができるようになった。

途方に暮れた問い合わせの嵐も、商品がどういう段階なのかを調べることで解決できることがわかった。

引当もかかってないのに出荷場にあれば誤ピックだし、

在庫がなくてピッキングできない時は、ロケの移動履歴を作業者に回ってもらった。

あとは次から次へとくる問い合わせに対応するため、パソコン端末を素早く操作することに集中すればいいだけだった。
そのおかげで、WMSをショートカットで素早く操作するスキルが身に付いた。

また係長は、作業者への指示の出し方もレクチャーしてくれた。

現場の進捗を自分の目で見て、はかどっていない作業、これから物量が増える作業を見極めて、そこに人を配置する、というような内容だった。

見極めに経験が必要で、実際には係長に「検品に人いれて」のような具体的な指示をもらって、僕が作業者に指示をする、ということが続いた。

こうして妥協のない「鬼」の年下係長に手取り足取り仕事を教わり、社員になって一ヶ月ほどで現場を任された。

仕事中のある時、なんで自分にそんなに目をかけてくれるのか?というようなことを、イヤミ半分で聞いてみたことがある。

何しろしつこくて、仕事が終わったら早く帰りたいのにいつまでも会社の問題点について聞かされることも多かったからだ。

係長は、

「フォークマンさんが上に立ちたいと言ってることは知ってる。

そういう社員はいままでいなかったから、ぜひ上に立って自分を助けられるようになってほしい」

と言った。ヒヤッとするような、恥ずかしいような感覚があった。覚悟も決まったような気がする。

やがて出荷の総指揮ができるようになってからは、要望の細かい面倒な出荷先ばかりを集めた部門を担当することになった。

納品書一枚ないだけで大クレームになるような、

商品に少しキズがあるだけで即返品になるような、

商品一点一点に自社の管理ラベルを貼ることを徹底させるような、

いろんな要望のある、本当に面倒な荷主ばかりだった。

しかも、作業を定時で終わらせろという指示も付いてきた。

これまで残業が当たり前の現場で、いつも応援をもらっているような状況だった。

とにかく観察して、改善して、空振りもしたけど、うまくいくこともあった。

慌てて自分が作業に入って、管理できなくて余計時間がかかることもあった。

この部門を担当したことで、今でも役に立っている物流の基礎知識が身に付いた。

触っている商品にどんな情報が紐付けられているのかを常に意識して、現場の作業がどこまで進んでいるか、何が遅れているかをチェックして、毎日毎日、現場を回した。

全くわからなかった作業時間の予測も、15分単位で正確に見積もれるようになった。

必要な作業人員もわかるようになったし、どう改善すればより少ない人員で作業できるかもわかった。

面倒な部門を思うようにコントロールできるようになった時、倉庫業が楽しくなった。

もちろん、超が5つくらい付くほど優秀なアルバイトがいてくれたのもとても大きい。

係長に教わった指示方法をアレンジして、適材適所で作業指示をするようにした。

作業者の得意なことを、思う存分やってもらうようにした。

これは効果てきめんだった。

定時で終わるようになった大きな理由だ。

途方に暮れてから半年ほどたってようやく、仕事を楽しめるようになった。

仕事が楽しいので時間を忘れて打ち込み、わからないことは勉強して、現場に還元して結果を出していった。

とても良いスパイラルに入っていたと思う。

ある日、東北地方にある大手企業の物流部門を、当時の会社で新しく請け負うという話が持ち上がった。

当時の会社の支社から代表で社員を何名かずつだして、立ち上げ部隊として乗り込ませるということだった。

その一人に、僕も選ばれた。

支社からくる社員をまとめるように指示された。

こうして、僕は係長になった。

途方に暮れてから、2年がたっていた。

ブラック倉庫物語・倉庫のおもしろさに続きます!

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